「アイシャ湖なんて、久しぶり・・・」
背中の大きく開いた水着に着替え、彼女は小さくつぶやいた。
少しだけ、寂しそうに・・・
「モーティ・・・」
「ねぇソノン。私にとってのアイシャ湖って、絶対に乗り越えられない壁だったの。
・・・知ってるよね?」
「うん・・・。」
モーティはプレヴィ・ブルゴスさんとかなり長い間付き合っていた。
アイシャ湖でのプロポーズはプルトの人にとってはほとんど常識。
ここに来た恋人は、婚約するか、別れるか・・・
しかしモーティとプレヴィさんは、4年間、ここに通い続けたのだと聞いたことがある。
ミダナァムの彼と、
コークナァム継承権第一位の彼女。
結婚は許されない恋だった。
「ここに来るとね、悲しい気持ちになると思って、ずっと来ないようにしていたの。」
モーティはしゃがんでそっと水に手を触れ、広がる波紋を見つめていた。
「私・・・」
彼女の頭が、悲しい記憶でいっぱいになっているのが分かった。
わかってる。
プレヴィさんのこと、本気で好きだったってこと。
でも・・・
今一緒にいるのは、
あなたの恋人は、
・・・僕だよ?
このままでは、彼女が透き通る水に消えてしまうような気がした。
二度と会えなくなってしまうような・・・
触れていなければ・・・こうして抱きしめていなければ、
不安に押しつぶされそうだった。
「ソノン・・・?」
「・・・」
「ちょっと、痛いわ。離して。」
「離さない。・・・絶対に。モーティの心から、プレヴィさんがいなくなるまで、絶対・・・。」
やっぱり僕じゃ駄目なんですか・・・?
僕はあなたからみたら子供だし、頼りない部分も多いと思うけど、
誰よりもあなたを想っているのに・・・
あなたの心から、『彼』が消えない。
僕の言葉を受けて、彼女はくすっと小さく笑った。
「ソノンったら・・・私が言いたいのはそんなことじゃないわよ。」
「え・・・?」
僕が腕の力を緩めると、モーティはこちらを向いて穏やかに微笑んだ。
「私ね、今日ここにあなたと一緒に来て思ったの。」
「うん、何?」
「やだ・・・私に言わせる気なの?」
モーティはもう一度僕に背を向けると、岸に腰かけ、足でパシャパシャと遊びはじめた。
表情は見えなかったが、
いつも穏やかで大人な彼女がみせた、そんな子供っぽい仕草が可愛くて、心が温まった。
「・・・私も、結婚していいのかなって。」
「え・・・?」
「“え”じゃなくて、結婚!アイシャ湖っていったら・・・でしょ?」
「う、うん・・・」
驚いた。
彼女は振り向いてじっと僕を見つめる。
その潤んだ瞳には、僕と空しか映っていない。
きっと自分では何度も思ったのだろう。
“結婚したい”
“幸せになりたい”と。
今、彼女の聞きたい言葉を聞かせてやるのが、僕の役目だ。
「僕はモーティが大好きだよ。」
「うん。私も。ソノンが大好きよ。」
「ずっと一緒にいたいと思うんだ。」
「私もそう思ってるわ。」
「モーティ。」
「はい。」
「・・・僕と結婚してください。」
「はい・・・!」
モーティは僕にぎゅっと抱きついてきた。
僕もぎゅっと彼女を抱き返す。
「二人で幸せな家庭をつくろうね。」
「うん・・・ありがとう、ソノン。・・・ほら、こっち来て!」
「うわぁ!」
モーティに引っ張られて、僕はアイシャ湖に頭から飛び込んだ。
う〜・・・鼻から水が入って痛い・・・
「モーティ!いきなり何するんだよ!」
「あはは!あんまり顔が真っ赤だから、冷やさなきゃと思ってねv」
「もう・・・」
そう言うモーティも、しっかり頬をピンク色に染めていた。
そして、彼女もパシャンと水を跳ねさせ、ゆっくり水にはいって来た。
もし水に浸かることで、この紅潮した頬が冷めてしまうのだったら、このまま・・・
「ソノン・・・」
このまま、僕の腕の中にとどめておきたいと思った。
この人は、絶対僕の手で幸せにしてみせる。
帰り際、モーティが髪を拭きながら言った。
「ここに来たら悲しい気持ちになると思っていたけど、
あなたと一緒ならこんなにも綺麗な景色が見えるんだって、今日初めて知ったわ。」
その言葉に、僕は黙って微笑んだ。
うん。綺麗だね・・・嬉しいね・・・。
これから二人で一緒に見ていく景色はきっと全部綺麗だから、
二人一緒ならきっと、いや絶対に、
・・・幸せになれるね。
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