「来世への約束」




妻のマミが亡くなった。


最近なんだか疲れやすそうに見えたから、

少し前から無理をするなと言い続けていたんだ。それを

”大丈夫!あたしはバッチリ鍛えてるからさ”と言ってあいつが笑うから、


つい、油断していたんだ。




心の準備がまったく出来ていない状態で


あいつは

ワクトの元へ逝ってしまった。




マミを悼んで葬儀に集まってくれる人たち。


あいつは、特に目立った事をするわけじゃなく、

ただ毎日を一生懸命に

全力で駆け抜けているような奴だったけど

23年という短い人生の中で

こんなにたくさんの人に


あいつの笑顔と

元気を与えていたんだな。


「ヘルムート君・・・」

「あ、スズナちゃん。」

「私、まだ信じられないよ・・・マミちゃんが・・・」


もう既に泣きすぎたのか、赤い目をしたスズナちゃんが、

くしゃくしゃになったハンカチを握り締めながら言った。


「うん、俺も」



あいつがすぐ傍にいる気がして



「マミがいないなんて、信じられないよ。」


「・・・マミちゃん、安らかに眠れると良いね。」




すぐ傍で、笑ってる気がして





どうしても思い出せない



「うん・・・ありがとう。」


でもどうしても



あいつの笑顔が思い出せないんだ。






粛々と行われる葬儀。

俺は喪主として挨拶をする。


ほとんど魂の抜けた状態で

なんとか立っている状態だった。



・・・俺は今、何をしているんだ?


どうしてこんな所にいるんだ?






どうして



マミが隣にいないんだ?








家に帰ってもあいつはいない。

太陽が沈んでも

月が昇っても

マミがいないまま時間が過ぎて行く。



ベッドに寝転んでも

俺の胸に頭を摺り寄せてくるあいつは、いない。



「マミ・・・・・・・・・」



ふと、光が視界に入る。




『…ったく。あんた何しけた顔してんのよ!』




「・・・え?」


この声は…


「マミ!?」


ベッドから起き上がると、満月を背に窓辺に座る、マミの姿があった。


「・・・マミ。」

『よっ!』

あいつは軽く片手を挙げ、俺の方を見ている。


「よっじゃねぇよ・・・どこ行ってたんだよ・・・」



やっぱりあいつがいなくなるなんて嘘だったんだ。

俺は信じない。


俺とあいつが離れるなんて




そう思った俺の気持ちを否定するかのように、

マミは表情を曇らせた。




『ごめん、ヘルムート。あたしもう少ししたら行かなくちゃなんだ。』


「え?」


『時間が・・・あんまりなくてさ。』


マミは、小さく笑った。


『ちょっとだけ時間があったの。だから最後に・・・と思って。』


窓辺からひょいっと飛び降りたマミの体は

何の重みも感じさせずに

ふわりとベッドの上に舞い降りた。



音もたてず、ベッドを揺らす事もなく、

マミは、俺の目の前まで来て

そっと

その手で頬に触れた。




『もう一回・・・あんたに会いたくてさ・・・』


「マミ・・・!」


『ヘルムート・・・!』






このぬくもりだけは、忘れない


マミの体は嘘みたいに軽くて、

癖のある髪も

細い体も

どれだけ強く抱きしめて良いのか分からないほどに

感触がなかったけれど



そのぬくもりだけは


確かにそこにあった。





『もし・・・もしもさ、また生まれ変われたら、あたし絶対、またあんたと出会いたい。』



俺の肩に額を擦り付け

甘えるような仕草でマミは言った。



『だって親友も恋人も、夫婦になるのも、あんたじゃなきゃあたし、嫌だもん。』



「俺も・・・お前じゃなきゃ、嫌だ。」





マミの体は

光に包まれて

今にも

月明かりに溶けて

消えてしまいそうだった。





『へへ・・・じゃあ、約束だからね?』



そういうとマミは、


いつものように笑った。




あたし、やっぱあんたが大好きだわ



あぁ、そうだ。



忘れかけていた

こいつの笑顔は


こんなにも


眩しかったんだ。



「あぁ・・・約束。」


『へへっ』


微笑み合った瞬間、

涙を滲ませて笑ったマミの体が透き通って

光に吸い込まれそうになっていた。


「マミ!?」


『・・・ごめん、時間みたい。』


「逝くなよ・・・マミ。」




引きとめようと強く抱きしめても

砂が掌からこぼれるように

マミの体が俺から離れていく。



『・・・バイバイ、ヘルムート。』


「マミ・・・」


『・・・またね。』






来世への約束を残して



マミは光へと変わっていった。











「父さん、父さん。」

「・・・ん」

「父さん、もう朝だよ。大丈夫?」

「あぁ・・・悪いな。」



息子の声で目が覚める。


・・・あれは、夢だったのか?



「母さんが死んで辛いのはわかるけど・・・長生きしてくれよ、父さん。」

「あぁ、わかってる。」



あれは夢なんかじゃない。



この腕に残ったぬくもりは


あいつが俺に残した


最後の”命”。




「・・・ははっ。」



あいつを不安がらせてる場合じゃねぇ


「父さん?」

「ここで弱ってたら、あいつに笑われるよな。」





お前が残してくれたこの”命”で



俺はもう少し

残りの人生を頑張ってみようと思う。






今までありがとう




マミ


お前は


俺にとってまぎれもなく



最高のパートナーだった。







------また生まれ変われたら、あたし絶対、またあんたと出会いたい








生まれ変わったら


もう一度


お前に惚れてやるよ。






・・・約束な。










こっそりあとがき

マミ・クマロさん追悼創作でした。
マミちゃんはスズナ日記のはじめの頃から
主人公、スズナのライバル兼親友役として、あちこちで活躍してくれました。
(あれ?でも作中ではマミちゃんの親友はヘルムート君って事に・・・
ま、いっか!親友が二人いても!!)

彼女の元気で、まっすぐで、素直じゃなくて、
子供っぽいけど姉御肌な(謎)性格は
描いていてとても気持ちの良いものでした。

彼女が亡くなってしまったことで、最愛のパートナー、ヘルムート君は
かなり辛い想いをした事と思いますが、
マミちゃんの残した最後の”命”が、その”元気”が、
彼を笑顔に変えてくれたことと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございました。


2004.10.26.
飯島珠紀