「友達カップル」




「ごめんってばヘルムート!!」


なにがごめんだよ。

「うっかり訓練に夢中になっちゃって。」


はいはい。俺よりも自分に夢中なわけね、お前は。

「ねえ!何とか言ってよ!!」


何だよ。よりにもよって結婚式に遅刻するなんて・・・。



俺とマミは結婚式が行われるはずだった神殿の前で言い争っていた。

今日は俺達二人にとって、最高の記念すべき日になるはずだったのに・・・。


「・・・怒ってるの?」

「当たり前だろ!?俺はこの日が来るのをずっと楽しみに・・・してたのにさ・・・。

マミにとってはそうでもなかったんだろ。」

「そんなことないよ!あたしだって楽しみにしてたよ!ただ・・・ちょっとうっかりしちゃって・・・ね?あはは♪」

「またそうやって笑ってごまかすんだよな。マミは本気で俺の事好きじゃないんだろ!?」

「・・・なによ、それ。」


その言い方がまずかったみたいだ。

苦笑いとはいえ笑顔だったマミの表情が急変した。


「あたしがあんたを好きじゃないって・・・じゃあ何!?

ヘルムートはあたしが好きでもないような男と結婚するような女だと思ってるんだ!?」

「な、なんでそうなるんだよ・・・」

「もういいっ!ヘルムートのバカッ!!」


はぁ!?逆ギレかよ!!勝手にしろ!!・・・と言おうとした俺の言葉を待たずに、マミは走りさってしまった。





「まったくちょっと遅刻したくらいで中止にする事ないのに!

午後なんだからさ、どうせ夜になっても誰も神殿使わないわけじゃん?ケチだよね〜

ヘルムートもヘルムートよね?

あいつ普段はあたしに従順なくせにさ、怒るとすぐムッスーとしちゃってだんまりなんだから。

黙ってちゃわかんないじゃない!まったく、あんなんで意思の疎通ができると思ってるのかしら?

言いたい事はさ、口に出して言ってくれなきゃわかんないわよ!ねぇ、スズナ?聞いてんの!?」


あたしはヘルムートと口喧嘩をして駆け出したその足で、スズナの家に愚痴りに来ていた。

彼女スズナ・ブルゴスはあたしのショルグリーグでのよきライバルで大事な友達。

「はいはい、聞いてるよ。子供達が起きちゃうからあんまり大きな声出さないでよ、マミちゃん。」

彼女は3人目の赤ちゃんができたということで、目立って大きくなってきたお腹をさすりながらきのこ茶を入れてくれた。

「それでさ、ヘルムートったら“俺はこの日が来るのをずっと楽しみにしてたのにさ・・・。

マミにとってはそうでもなかったんだろ。“だって!!何よそれ!?って感じじゃない?

あたしを何だと思ってるのかしらねぇ!?・・・ちょっとスズナ、聞いてるの?」

「聞いてるよぉ。でもマミちゃん、さっきから言いたいほうだい言ってるけど、悪いのはマミちゃんじゃない。」

「うっ・・・そ、そうなんだけどさ・・・」

そういえばこの子はあたしのためにブーケを作ってくれていたんだっけ・・・。悪いことしちゃったな。



よりにもよってあたしたちの結婚式は午後から始まる予定だった。

今朝目が覚めた時から緊張がおさまらなくて、自分でも笑顔が引きつるのが分かった。

だから、あたしらしくヘルムートに会わなきゃ!と思って訓練する事にしたの。

緊張してるあたしなんて見られたくなかったから、なるべく頭を空っぽにして・・・

そしたら・・・見事に空っぽになったみたいで・・・


はぁ・・・



「そうなんだよね・・・あたしが悪い・・・よね。」

「それに、“だまってちゃ分からない”とか言ってたけど、マミちゃんは自分の考え、ヘルムート君に言ってるの?」

「あたしはちゃんと言ったわよ!“ごめん”って言ったし、怒りの気持ちもぶつけてきたし!」

と、あたしが言った途端、スズナは『やっぱりね』と言って笑った。

「ちょっと・・・何がおかしいのよぅ。」

「だってマミちゃん、一番大事なこと言ってないじゃない。」


・・・一番大事なこと?


「わからないかなぁ?ヘルムート君のこと嫌いで、結婚式に行かなかったわけじゃないんでしょ?」

「あったりまえじゃない!」

「じゃあ、ちゃんと“ヘルムート君のことが好き”って言わなきゃ。」

「えっ!!??」

スズナがあまりにあたしの考えを超える事を言ってきたので、声がひっくり返ってしまった。

「・・・いつも言ってる?」

「いいいい言ってるわけないじゃない・・・!そんなこと・・・恥ずかしくて・・・」

「一回も!?」

「えっと・・・こ、告白された時、一回だけ・・・言った。」

ああああたしはなんでこんなことスズナに話してるのよぉ〜

顔がどんどん熱くなって、頭が上手く回転してないような気がする。

そのかわりに目がぐるぐるまわってるような気がしてきた。

「ふ〜ん。ヘルムート君、かわいそう・・・

マミちゃん、ヘルムート君のこと好きなんでしょ?愛してるんでしょ?」

「あ、愛・・・・・・」

あぁ、もう、あたし駄目・・・。

「マミちゃん!しっかり!このまま終わっちゃっていいの?」

「このまま・・・」



ヘルムートは、親友と呼べるほど仲の良い友達だった。

あたし達はお互いの将来に対する不安や夢を打ち明けあい、

悲しい時には励まし合った。

頭にくることがあったら愚痴も聞きあって、楽しい時はもちろんあいつと一緒だった。

一緒に訓練していたら二人とも夢中になって夜が明けてしまった時もある。

次の日二人とも病気になって、温泉ではち合わせた時は一緒に笑ったっけ。



あいつがあたしを好きだと言ってくれた時、少し戸惑ったけれど、

もっと二人で一緒にいられるなら、恋人もいいなって思った。

それくらいあいつと一緒にいると楽しいんだよね・・・。



このまま会わないなんて、嫌だな・・・。

うん、絶対駄目!!



あたしは、あいつがくれる愛情に甘えていたんだ。

あいつにも、あたしが持ってるだけのものをあげなきゃ・・・。

それが、恋人であるあたしの役目。



「マミちゃんが一言、自分の気持ちを正直に伝えたら、それでヘルムート君も許してくれるよ。

“だまってちゃ分からない”んでしょ?

たぶん、ヘルムート君は不安なだけなんだよ。安心させてあげなきゃ。ね?」

そういうとスズナはにこっと笑った。

相変わらず子供っぽい笑い方するくせに、母親ともなると言うことが違うわね。

「・・・わかった。あたし、あいつの所に行ってくる!!」

立ち上がってふと目に入ったのは、スズナが作ってくれた色とりどりのブーケ。

「スズナ、このブーケもらっていいかな?」

「うふふ、いいよ。マミちゃんの結婚式のために作ったんだから。」

待っててヘルムート!

今すぐあたし、あんたの胸に飛び込みに行くよ!!





マミの奴、駆け出して行ったきり、戻ってこない。

なにやってんだよ・・・あのバカ。

辺りはすっかり暗くなっていた。

もうそろそろ日付も変わる。

・・・このまま戻ってこないなんて事は・・・ねぇよな・・・。



(ヘルムートはあたしが好きでもないような男と結婚するような女だと思ってるんだ!?)



だったら・・・なんで来てくれなかったんだよ・・・。

俺がどんな気持ちで待ってたか・・・お前に分かるか・・・?




(花嫁さん、こないわねぇ・・・)

(新郎もかわいそうにな。)


そんな会話が聞こえる中、マミの笑顔だけを待っていた。

でもあいつは来なかった・・・。

俺、何か嫌われるようなことしたか?

不安で押しつぶされそうだった。


だから、時間には間に合わなかったけど、あいつが来た時・・・

マミが慌てた顔して神殿に駆け込んで来てくれた時は、ほっとしたんだよな・・・。



来てくれただけで、それだけで良かったんだ。



そう気づいた時に浮かんだのは、怒って駆け出していったマミではなく、

いつものあいつの笑顔。


あいつのメチャクチャな所とか、がさつで、気が強くて、本当に強い所とかはみんな知っているけど、

あいつ、照れると目を潤ませて、急に無表情になるんだよな。俺と目を合わせられなくなる。

そんなマミを、俺以外に誰が知ってるって言うんだ?


あいつにとっても俺が必要なはずだ。

そうでなきゃ嫌だ。

そうでなきゃ困る。



俺は、あいつと一緒にいたい。





「ヘルムート!!」

マミの所へ行こうと立ち上がると、そこにはすでに顔を真っ赤にして、飼い主を見つけた子犬のような彼女がいた。

その手にウェディングブーケを持って。

「・・・マミ・・・」

「ヘルムート、結婚しよう!」

・・・・・・え?

「ねっ!今日できなかった分の、結婚式やろうよ!」

「・・・いきなりどうしたん・・・って今からか!?」

マミは俺の手を掴んでずんずん神殿に入っていった。




真夜中の神殿にはさすがに誰もいなかった。

俺はマミに連れられるがまま、神殿の一番奥の中央に向かい合って立った。

マミはコホン、とひとつ咳払いをして、まっすぐ俺の目を見て言った。


「ごめんね。あたし、もうあんたに不安な思いさせないから。

一生、大事にする!」


・・・なんか、俺が言うべきセリフ、取られたか・・・?

ま、いっか。

そして彼女は両手でブーケを差し出しながら言った。


「ヘルムート・キム。マミ・クマロを生涯大事にする事を誓うか?」

「・・・そんなセリフだっけ?」

「いいの!・・・どうせ予行なんだから。」

「そうだな。・・・誓います。」

俺もマミの持っているブーケにそっと手をかけた。


「・・・で、お前は?」

「なによそれ〜感じ出ないじゃん!」

「ははっ予行なんだろ?」

「う〜〜」



そんな感じで俺達らしい結婚式の予行を済ませ、二人で次の式の予約を入れた。

その後はもう家に帰るのもばかばかしいような時間だったので、二人で月を見上げていた。

月明かりに照らされて、マミの抱きしめる色とりどりのブーケはますます輝いて見え、

それがさらに彼女を眩しく見せていた。



そろそろ朝日が昇ってくるかというその時、マミはいつもみたいに視線をそらして言った。

「ヘルムート・・・あの・・・」

「ん?」

「す、好き・・・だよ。」


彼女なりに精一杯なのがわかった。普段弱いのが俺の方だから、こんな時はからかいたくなる。

「好きだけ?」

「・・・バカ。」

「愛してるよ、マミ。」

「・・・・・・あたしも。」


今日の所はこれが精一杯かな。

それはいつまでも友達のような二人が、夫婦になるための大きな一歩だった。



本番の結婚式は、またしても午後。

次は一日中こいつにくっついててやろう。離れてなんかやるもんか。



「今度こそ遅刻するなよ。」

「あんたこそ。」


友達カップルは、もうしばらくこのままなんだろうな。

それでもいい。

お前が俺のそばにいてくれれば・・・。