さよならじゃなくて、ありがとう。



「エバちゃん、今夜は帰らないで。」


普段から甘えるのが好きな人だったけど、

その夜は特に様子がおかしかった。


「え・・・どうしたの、ジョン君?」

「今日はずっと君といたい。・・・お願いだ。一人にしないでくれ・・・。」


なんだか、嫌な予感がしたの。

前にも一度、同じような光景を見た気がする。


「わかったわ。・・・お茶、淹れましょうか?」

私がそう言うと、私の恋人・ジョン君は

「あぁ。・・・ありがとう、エバちゃん。」

そう言って小さく笑った。



私とジョン君は、友達のような恋人だった。


お互いに妻・夫を亡くした者として、さびしい心を寄せ合う関係。

独立した子供たちを見守る親として、独りで過ごす夜を他愛もない話をして過ごす。

一人で食べるには多すぎる手料理を、一緒に食べてくれる人。



「ほい、乾杯。」

「ふふ、何に乾杯するの?」

「ん〜、俺とエバちゃんが出会えた事に。」

「お茶で乾杯なんて、おかしいわ。」

「はははは。まぁ、気にするな。」



そんな、友達のような恋人で

また、家族のようでもあった。



「・・・ジョン君、なんだか顔色が悪いわよ?」

その夜、いつもは強気で活発な表情の彼が、視線を落として目を潤ませていた。


「あぁ。なんだか最近調子が悪くてな。

・・・せっかくエバちゃんがいてくれてるのに、ごめんな。」


そう言って笑顔を作る彼。





その笑顔が凍りつくように


翌朝、彼は倒れてしまった。





議長が危篤という知らせを聞いて、国中の人が議長邸に駆けつける。

一人一人に『すぐ元気になるから』と、苦しそうな笑顔で応える彼。



本当は誰もがわかっている。


・・・危篤になって助かった人はいないという事を。





それを本人もわかっているのだろう、家族に対しては、

苦しそうにしながらも時間をかけて、ゆっくり言葉を交わしている。




「グレルト、お前はもう立派な一家の主だ。

レニカちゃんと子供達を大事にするんだぞ?

・・・こら、いつまでも泣いてちゃ駄目だ。しっかりしろ。」

「う・・・うん・・・パパ・・・」

「はは・・・レニカちゃん、こんな息子だけど、末永くよろしく頼むよ。

グレルトは泣き虫だが、気の優しい奴だ。」

「・・・はい。お義父さん。」

「パパ、僕をここまで育ててくれて、ありがとう。」




「サクラ、色々と苦労かけてすまなかったな。

お前がいてくれたから、俺も人生楽しく過ごせたんだ。ありがとう。」

「・・・・・・もう、お父さんが手がかかるから、放っておけなかっただけよ。

そんなこと気にしなくていいから、早く元気になって・・・」

「はは・・・お前は俺に似て素直じゃないな。

・・・そしてお前の母さんに似て、笑顔が良く似合う。もう泣かないで、笑っていなさい。」

「・・・馬鹿な事言わないでよ!お父・・・さ・・・」

「お母さん、おじいちゃんどうして苦しそうなの?病気なの?」

「リプリー・・・」

「おじいちゃん死んじゃうの?嫌だよぉ・・・」

「・・・お義父さん、俺、お義父さんに凄い感謝してるんです。

サクラさんと出会えた事、お義父さんに出会えた事も、全てに感謝してます。

それなのに・・・何一つ恩返しできてないのに・・・まだ早いっすよ・・・・・・」

「ありがとうミンソン君・・・サクラとリプリーを頼むよ。・・・こらこら、君まで泣くんじゃない。」




「パパ!元気になってよ!お願い・・・!」

「スズナ・・・お前は本当に色々と心配かけて・・・

でも、今は幸せなんだよな?」

「パパがいなくっちゃ幸せじゃないよ・・・ね、プレヴィ?」

「・・・ジョンさん、あなたはこの国のために生きなきゃいけない。

僕もまだ、あなたから学ばなければならない事がたくさんあるんです。」

「ふっ・・・君は本当に憎らしい奴だったよ。

それでも・・・会えなくなるとなると寂しいものだな。」

「駄目だよパパ!明日も明後日も、ずーっと元気でいてよ!死んじゃ嫌だよぉ・・・」

「・・・スズナを悲しませたら、ただじゃおかないからな?プレヴィ君。」

「・・・・・・わかっています。お義父さん。・・・僕は・・・」

「ん?何だ?」

「僕は、あなたを尊敬していました。これからもきっと、ずっと僕の目標です。」

「・・・まったく君は・・・今さらそんな事を言ってどういうつもりだ。」

「いえ、単なる気まぐれですよ、ジョンさん。」

「・・・・・・パパ、泣いてるの?」






お見舞いには国中の人が訪れた。


きっと、みんな同じ想いだったと思う。




・・・もっと生きて、ジョン君。






人の波は夕方まで絶えることはなかった。

私はただ、彼のベッドの脇で、その様子を見ていた。




夜になって国が寝静まった頃、

ジョン君はベッドから小さく手招きをした。



「・・・なぁに?」

あまりにも弱々しい声で、聞き取りにくかったので

私が彼の口元へ耳を近づけると、苦しそうな呼吸で言った。

「エバちゃん、ごめんな。・・・できれば君が死ぬまで一緒にいたかったよ。ごめんな。」

そう言って私の手をきゅっと握る。


「・・・そんな。」

「一緒にいられて、楽しかった。・・・幸せだったよ。」

「ええ・・・」

「もしも、ワクトの元で結婚ができるなら・・・俺、今度はエバちゃんを選ぶよ。」

「・・・あら、二人の奥さんが怒っちゃうわよ?」

「ちゃんと話してわかってもらうさ。」

「あとは・・・サミが奪いに来るかも。」

「殴りあったって俺が奪うさ。」

「あら、神様がいる所で喧嘩?」

「・・・意地悪だなぁ。素直に喜んでくれたって良いだろう・・・?」

「ふふ。・・・ありがとう・・・嬉しいわ。」




微笑んで 目を細めた瞬間に


溜まっていた涙が


一気にあふれた。




「エバちゃん。」

もう一度小さく手招きをする彼。


「・・・なぁに?」


口元に耳を近づけると、彼は私の頬にひとつ、キスをした。



「・・・冷た・・・」




(俺は・・・残りの人生を、君と一緒に過ごせたらと思ってる。)





「ジョン君・・・?」




(必ず君が心から笑えるようにしてみせるから。ただ・・・そばにいさせて欲しい。)




「起きて・・・ジョン君・・・!」



ついさっきまで愛をささやいてくれた唇は、もう動かない。

私の手を握る大きな手のひらも力を失い、

まっすぐ私を見つめる黒い瞳も、堅く閉ざしてしまった。


その笑顔も

すべてが 止まってしまったんだ。




「ジョン君・・・・・・!」




彼は最期まで


キザなプレイボーイで


少し寂しがりやな、そんな人だった。





(・・・俺、今度はエバちゃんを選ぶよ。)




私は空を仰いであなたを想う。


友達で

恋人で

家族でもあったあなた




愛してくれてありがとう

たくさんの思い出をありがとう


あなたのお陰で少しだけ強くなれた

優しくなれた

心から、笑う事ができた




また会えるから

きっと会えるから


さよならは言わないわ。



だってそうでしょう?



「・・・私も、ジョン君と幸せになりたいわ。」




最後のプロポーズの返事は

まだあなたに返していないのだから。









↓こっそりあとがき↓
ジョンパパ追悼創作をエバちゃん視点で書いてみました。
ジョンパパの最期は『良い人生だった』と笑って欲しかったのと、
最期まで彼らしく、キザなカッコつけ野郎でいて欲しかったので(笑)
葛藤した挙句、こんな感じになりました。
『二度目の恋』的な話は、個人的に書きにくいと思っているのですが、
ジョンパパとエバちゃんの場合は
その恋心が凄くシンプル、なんですよね。
『一緒にいたいからそばにいる』『話していると楽しいから好き』という気持ちが
熟年とは思えないくらい(笑)素直だったので、書きやすかったです。
ジョンパパが安らかに眠れますように。
・・・でもワクトの元へ行ったら奥さん二人と、
数え切れない元カノジョ達に囲まれて大変な事になってそう(笑)

葬儀中のエバちゃんの様子や、ディランとエバちゃんの接触については
話の流れ的に詰め込みすぎになっちゃうのでカットしました。
それが書ききれなかったのが残念です。
機会があったらまた今度・・・。





05/06/16