もう一度、恋を。
第2話「まわり道」



「なぁ、エバちゃん。見てくれよ、こんなにでかい宝珠の果実!

今夜はこれで宝珠酒作ってやるからな。」

収穫物を篭いっぱいに持ち、納品所に向かおうとする彼女の荷物を手伝いながら声をかける。

振り向き見上げたその視線は、合わさった瞬間に小さく微笑んだ。


「あら、気前いいのね。“ウルグ長さん”の奢り?」

「あぁ。エバちゃん酒強いからなぁ〜うんと濃いのを作ってやるよ。」


俺がそう言ってからかうと顔をしかめ、ぷいとそっぽを向いた。

その子供っぽい仕草に、思わず笑みがこぼれる。


「まぁ、いやぁね。強くなんてないわ。」

「ははっ。そう怒るなって。綺麗な顔が台無しだぞ?」


右手で彼女の顎をくいっと持ち上げる。

「まったくジョン君たら・・・からかわないで。」

呆れた表情で俺の手を払う彼女。


・・・からかう気持ちがないわけじゃない。


だけど、綺麗だっていうのはお世辞じゃないよ、エバちゃん。





エバちゃんことエバゲニア・ヒンギス嬢と俺は、ある日を境に一緒に食事をするようになった。

どちらが誘うでもない。

仕事の帰りに『今日の夕飯は?』とどちらともなく尋ねる。

そして手土産を持ってどちらかが訪ねて行くのが、最近の習慣になっていた。


あの日から・・・



(・・・結局、忘れられないわ。)

そう言って涙を流す彼女に、俺は今を幸せに生きることを薦めた。

それが亡くなった人への最高の供養だと。


しかし、そんな話をした俺自身が、誰より孤独に苦しんでいたことを忘れていた。

いや、無理な笑顔ばかり上手くなって、孤独すら感じられなくなっていたのかもしれない。


そんな時に食べた彼女の手料理は、本当に暖かかった。



(エバちゃん、料理上手だな。)

(・・・ありがとう)

(また、食べに来てもいいかな。それとも、俺じゃ君の料理を食べるには力不足かい?)

(ふふふっ、いいえ。)




その時の彼女の笑顔は、手料理以上に俺の心を暖かく満たしてくれた。




俺は今でもエリスやミッチーの事は愛している。


・・・それでも、すぐ傍にいて欲しい女性を見つけてしまったんだ。




傍にいたい。


もっと知りたい。


・・・もっと、笑って欲しい。



まったく、いくつになっても恋心ってのは偉大だ。


この気持ちに気づいた途端、世界が明るく見える。



エバちゃん


君が安心して笑っていられる場所は、俺の隣にはないかな・・・?




「なぁ、エバちゃん。俺ってどんな男に見える?」

「え?」


その日の夕食後、宝珠酒を飲み交わしながら俺はふと思いついた質問をした。

濃い目の宝珠酒にも、俺の質問にも顔色一つ変えない彼女。

きょとんとした表情が俺を見つめる。


「優しいとか、面白いとか、頼りになるとかさ。何か印象ってあるだろ?」

「そうねぇ・・・」

顎に手をあてて考えるエバちゃんの視線が、一度天井に上って、再び降りてきた。


「私が答える前に、ジョン君は私をどんな風に思ってるのか聞いてもいい?」

「え、俺?」

「そう。」


エバちゃん、いつの間にか切り返し方が上手くなってるなぁ・・・。

『彼女をどう思うか』

頭の中で言葉を整理することもなく、俺は話し始めた。


「エバちゃんのことは・・・よく、わからないんだ。」

「まぁ。どういうこと?」

「距離を置いていても、いつの間にか視界に入ってくる。

護ってやりたいと思うと、つんと跳ね返す。・・・不思議な人だよ、君は。」

頬が熱いのは、強い酒のせいだという事にしておこう。

俺は思ったとおりの事を言葉にした。

「・・・ちょっと待って。“護ってやりたい”ってどういうこと・・・?」

「そのままの意味だよ。・・・そう思わせるんだ。女性の・・・いや、特に君の涙は。」


彼女は、さすがに驚いた表情を隠しきれずにいる。

彼女も子供じゃない。

俺の言葉の意味くらい分かったのだろう。


(俺の心は今、君でいっぱいなんだよ。)


その気持ちを込めて彼女を見つめる。


しかしそれを敢えて悟らないようにするためか、彼女は視線を反らした。

そして、俯いたままではっきりと言った。


「・・・ジョン君の言葉は綺麗すぎるわ。

どこまで信じていいのか、時々わからなくなる。

どうしてそんなに綺麗な言葉で飾るの?

私が知りたいのは・・・そんなあなたじゃないわ。」



・・・まただ。

プレイボーイの代償って奴は、またしても俺を困らせた。


俺にはそんな言葉しか使えないんだ。

飾り立てた、詩の様な言葉で想いを伝えようとしても

素直に伝えているつもりなのに、まっすぐ届かないんだ。


「・・・わかった。」


エバちゃんは硬い表情のまま黒い瞳を潤ませている。

俺は彼女のショールをそっと肩にかけながら、視線を合わせないままで言った。


「なぁ、今度のシニア選手権で俺が優勝したら、聞いてほしい話がある。

・・・応援していてくれないか?」


彼女はショールをきゅっと握って、小さく頷いた。






シニア選手権の決勝はその3日後だった。

俺は二年連続優勝し、既に『名人』の称号を勝ち取っていた。

今年もシード選手としての出場だが、油断はならない。


応援席に彼女の姿を見つけた。

不安そうにこちらを見ている。

その姿を見て、闘志が湧き上がるのを感じた。



・・・俺もまだ、誰かのために生きられるんだ。



試合開始の鐘が鳴る。


俺は思い切り拳をあげ、剣を振るい、魔術技を駆使して戦った。

ただ、俺の気持ちを彼女に分かって貰いたかった。

そして・・・


(なぁ、エバちゃんってすごく綺麗な笑顔をしているね。)

(何?突然。)

(いや、そう思ったからさ。)

(そう・・・)

(どうしたの?)

(いえ・・・ただ、最近心から笑うことが少なくなったと思って・・・ )


彼女に笑って欲しかった。

彼女が心から微笑むことが出来るのなら、今の俺は何でもする。

気持ちを力に変えて戦うことも出来る。


嘘でも偽りでもない。

俺の君を想う気持ちは、こんなにも俺の力になっているんだよ、エバちゃん。


「はッ!」


俺の魔術技が決まった所で、鐘が鳴った。


『ジョン選手の勝利です!』




プルト闘技場を出た所で、家族や友人に祝福を受ける。

その人ごみが去った頃に、ワクト神殿の前に腰掛けている彼女を見つけた。



「お疲れ様。すごかったわね。」

「今日は君のために戦ったよ。」

「ふふふ・・・」


月明かりで逆光になったその表情はよく見えない。

この笑顔は、心から微笑んだものなのだろうか。


そうであって欲しいという気持ちを込めて、

一つ深呼吸してから、俺は言った。


「エバちゃん、大事な話がある。・・・聞いてくれるかい?」

「・・・えぇ、約束だもの。聞かせて。」


彼女の冷えた手を取り、ぎゅっと握りながら、素直な気持ちを言葉にする。



「俺は・・・残りの人生を、君と一緒に過ごせたらと思ってる。」

「ジョン君・・・」


彼女の表情は逆光になって良く見えない。

ただ、その瞳が潤んでいることだけが、わずかな光で分かった。


「エバちゃん。君に俺を愛して欲しいなんて言わない。

ただ、君の隣を俺のために空けておいてくれないか?

必ず君が心から笑えるようにしてみせるから。

ただ・・・そばにいさせて欲しい。」


気づくといつもの調子で飾り立てた言葉になっていたかもしれない。

でもこれが俺の素直な気持ちなんだ。

その懸命な想いがよほど表情に出ていたのか、彼女が思わず笑った。


「ふふっ。いったいどこからそんなセリフが浮かんでくるの?」

「茶化すなよ・・・俺は至って真面目だ!」

年甲斐もなく手のひらに汗をかき、酒も飲んでいないのに頬が紅潮する。

あまりにも格好悪い、素直すぎる俺の態度に笑みをこぼして、

彼女は俺の手をきゅっと握り返した。


「・・・そうね。プレイボーイに騙されてみるのも、悪くないかも知れないわ。」

「エバちゃん!俺は・・・!」

「ふふふっ、冗談よ。」



その笑顔は、俺が今までに見たどの笑顔よりも柔らかくて、暖かかった。


俺、この人が・・・エバゲニアが好きなんだ。



「ジョンくん、あなたの言葉を否定するようなことを言ってごめんなさい。

・・・あなたの声は、あなたの目を見ればちゃんと聞こえたわ。」



子供の頃のように手をつないで歩く。


なんだか妙に気恥ずかしかった。



「は、ははっ・・・いい大人が何を遠回りしてるんだろうな。」

「良いじゃない。大人だって子供だって。人生にはまわり道も必要だわ。」


彼女のぬくもりや、その香り、そしてその笑顔に幸せを感じることが出来る。

残りの人生は、彼女と一緒にその幸せを感じていきたい。




「まわり道にお付き合いいただけますか?」


「・・・喜んで。」








↓こっそりあとがき↓
大人の恋を描くのって難しいですね;
でも大人だろうと子供だろうと、恋をする時は同じであって欲しいです。
なーんて言って開き直ってみた(−−;

この二人はどちらかというとジョン→エバで、
若い頃のジョンパパの鬼畜っぷりをしっている上に、
サミさん(前夫)への想いを断ち切れないでいるエバちゃんが
ジョンパパの気持ちを素直に信じられず、
さらに自分の気持ちにも自信が持てなくなっていたところを、
ジョンパパの体当たりなラブアタック(笑)で
『一緒にいたい』と思える人を見つけた、という感じです〜(長っ)

このお話のテーマは『傍にいたいと思える人』だったりします。
私の勝手な「大人の恋」のイメージなんですけども。


あ〜難しかった;
でも何とか書き上げられて満足ですv
ここまで読んでくださった方、ありがとうございましたvv