セカンドプロポーズ



「レニカ、結婚しよう!」

思い切ったように振り向くと、グレルトは私の手を握り、大きな声で言った。

「う、うん・・・」

その勢いに押されるがままに、私は答えた。

でもそれでいいと思った。

「本当!?やったぁ!レニカ大好きだよ!」


グレルトの勢いに押されたままで、友達になり、恋人になった。

そのまま夫婦になっても、私たちには何もおかしなことはない。


・・・と、思ってたんだけど・・・。





結婚式当日、


私はただ、過ぎる時間の遅さを一人で感じていた。






グレルトへ


手紙書くなんて初めてだね。

まずは謝る。ホント昨日はごめん。

でも私もただ結婚式に行かなかった訳じゃなくて、私なりの考えがあったんだ。

直接だと上手く言えなそうだから、慣れないけど、手紙書くことにした。


実は、私不安だったの。

グレルトとは幼馴染だし、誰より仲良いし、恋人としても最高の相性だと思う。

一緒にいて幸せ。楽しい。嬉しい。

…でも、それだけだった。

グレルトが余りにも優しいから、優し過ぎるから不安になる気持ちって、分かる?

普段私が何を言っても、どんなキツイ言い方しても一度も怒ったことないよね。

それがグレルトの良い所だって分かってる。だけど・・・


これから二人で夫婦として一緒に過ごす時間を大事にしたいから、

グレルトに無理をさせてないかとか、

私はグレルトに甘えすぎなんじゃないかとか、

そんな私じゃ、グレルトとは不釣合いなんじゃないかとか・・・

いろいろ余計な事考えちゃったんだ。

今思えばこれってマリッジブルーみたいな奴なのかな。


そんな気持ちだったから、神殿までの足取りが重くて・・・

気がついたら大通り北まで行って、そのままUターンして・・・すっぽかしちゃってた。

信じられないでしょ?

それでグレルトが怒ったら、きっと私の気持ちもスッキリするって、そう思ったんだ。


でも、昨日グレルトは、結婚式が終わる時間にのこのこ現れた私に

「何かあったのかと思ったよ!良かったぁ!」なんて言ったよね。

あの時目がうるんでた。

あんまり期待はずれな事言われたから、私も涙ぐんじゃった。

申し訳なくて、自分が許せなくて・・・

グレルトって、どこまでも素直で優しいんだってこと、忘れてた自分に腹が立った。


ごめんね。


この手紙渡しに行く時に、デートの約束するつもりだけど、

もしかしたら言えないかもしれないからここにも書いておくね。


明日、大通り南で待ってるから、もう一度二人で結婚式の予約をしに行きませんか?



レニカ






手紙を書き終えると読み返しもせず、封をした。

思いついたままの言葉を手紙にしたかったから。

今すぐグレルトに渡しに行こう。



でも・・・

あわせる顔がない・・・

会う勇気がない・・・



グレルトの部屋は家の東側。

窓の隙間に手紙を差し込むと、私は静かにその場を去った。


強がりなくせに、意気地なし。


グレルト・・・本当に私みたいな子でいいの・・・?





家に帰ると、窓に一通の手紙が挟まっていた。

白い封筒に綺麗な字で『グレルトへ』と書かれている。


僕はその手紙を、静かに、ゆっくり読んだ。

レニカへの想いを深く感じながら・・・。



昨日は結婚式のはずだったのに、レニカは来なかった。

急に病気になったとか、怪我して動けないのかとかいろいろよくない事を考えてしまった。

でも、レニカは僕との結婚にほんの少しのわだかまりも残したくなかったのだという。

でもそれは・・・婚約する前にレニカが言ってくれたら・・・

いや、僕が気づいてあげていれば良かったことなのに・・・



しばらく白紙の便箋を見つめて考えた後、僕はようやくペンを取った。




レニカへ


お手紙ありがとう。レニカのきもちに今まで気づいてあげられなくてごめん。

ぼくはずっと、レニカと友達になれたことと、レニカの恋人になれたことがうれしくて自分のきもちばっかりだった。

でもレニカが言うような、ぼくにめいわくかけているとか、そういうことは全然ないから安心して。

むしろレニカといっしょにいることで、すくわれてることもたくさんある。

だから・・・いや、この続きは合ってちょくせつ言うよ。

ぼくあんまり手紙書いたりするのとくいじゃないからうまくいえないんだけど、

ぼくにはレニカだけなんだよ。

あした、大通り南でまってるからね。


グレルト




・・・はぁ・・・頭悪そうな手紙・・・

いやいや、大事なのは気持ちだよ、うん!



お昼頃レニカから手紙をもらって、僕は夕方頃レニカの家に手紙を届けにいった。

直接会って渡してもよかったんだけど、お義母さんに頼んで渡してもらった。


僕の為に胸を痛めてくれたレニカ。

僕との将来を真剣に考えて、考えて考えて、苦しんでくれたレニカ。

もし今そのレニカに会ったら、抱きしめたまま愛しくて離せなくなりそうだったから・・・。




大丈夫。レニカの不安は、僕が解いてあげる。





「グレルト、早いね・・・」


待ち合わせの日。

いろいろ考えて、答えが出せずにいるうちにレニカがやってきた。

いつもより少しだけ緊張した面持ちで、上目遣いで僕を見つめる。


「レニカこそ。まだ待ち合わせの半刻前だよ?」

「うん・・・なんか緊張しちゃって。」



どうしたら、レニカの不安を取り除いてあげられるのか、そればっかり考えていた。

僕にそれができないのなら、レニカをお嫁さんにしたいなんて言えない。



「小さい頃もさ、よくアイシャ湖に一緒に来たよね?」

「うん・・・。」

水着に着替えると、僕はレニカより一足先に水に入って行く。

レニカはその後ろをゆっくりついてくる。

「レニカ、あのね・・・」

と、僕が口を開きかけたその瞬間、

「ごめんねグレルト・・・!!」

「わっ!」

レニカが正面から僕に抱きついてきた。

シャンプーか、コロンの香りかわからないが、レニカの香りがふわっと僕を包む。

「れ、レニカ・・・?」

「グレルトごめんね!ごめんね!私ったらひどいこと・・・」


もちろん何のことを言っているのかはわかっていた。

彼女が結婚式に現われなかったことで、僕もすごく心配したし、不安にもなった。

でも、今思えば僕はレニカを想って、レニカは僕のことを考えてその時間を過ごしていたんだから、それでいい。

レニカは泣きそうな顔で僕にしがみついている。

いや、正確には表情なんて見えないんだけれど、レニカのそんな姿を見たのは初めてだった。


「ううん。僕の方こそ、不安にさせてごめんね?」

謝る僕に、レニカは不安げな視線を送っている。

「だ、大丈夫!僕はこれからもっと頼れる男になるんだから!

訓練も仕事もいっぱいして、国一番強くてまじめでカッコいい男になるんだ!

だから・・・何も心配しないで?ね?」



僕がそう言うと、あっけにとられていたレニカが、しばらくの沈黙の後ぷっとふきだした。

「あはははは!何それ!?」

「だだだって・・・レニカの不安をなくしてあげたくて・・・」

「あははは!変なの〜!」

「あは・・・あははは!レニカが笑ってくれた!」


二人でしばらく大笑いした後に、レニカは言った。

「グレルトがいつもどおりでいてくれるのが、私にとって一番安心できることなんだわ。

なにもかっこよくなくていいの。いつもどおりが一番。」

「え〜それじゃあいつもはかっこよくないみたい・・・」

「そんなことないよ?私は・・・いつものグレルトが好き。」

「そ、そっか・・・!僕もね、レニカが大好き!!」



そう言って軽くキスをすると、頬を赤らめたレニカの細い腕が僕をぎゅっと抱きしめた。



「…いつもグレルトの優しさに甘えちゃって、ごめん。」



跳ねた水の音が響くくらい静かなアイシャ湖で、

レニカの手をとり、彼女の目をじっと見て、額がくっつく程の距離で囁いた。



「あのね、レニカ。僕は強くもないし、仕事も遅いし、あんまり頼りになるかっこいい男じゃないよ。

でもね…でも、そんな僕を好きになってくれたレニカだから、僕にいくら甘えてもいいんだよ?」



レニカは黙って僕を見つめる。

綺麗な青い瞳に映る、アイシャ湖の水色。



「だから、安心して、僕のお嫁さんになってください。」



彼女の手をぎゅっと握る。



「レニカの幸せは僕があげるよ。

そしてそれを守るから…僕にレニカの幸せを任せてください。」



うつむくようにゆっくり頷くと、レニカは僕にしか聞こえないような小さな声で「はい。」と呟いた。




人生二回目のプロポーズは、一回目よりも少しだけ男らしく、大人っぽく出来たかな。





式の予約を済ませ、家に送る途中でレニカは言った。

「そういえば、グレルトにもらった手紙、誤字があったわよ。」

「えっ!?本当に!?は、恥ずかしいなぁ…真剣に書いたのに…」

自分の肩が落ちているのが分かる。

はぁ…真面目に授業受けておけば良かった…

かっこわるいなぁ…


落ち込んでいる僕を見て、レニカが笑って僕の頭をなでた。

うぅ…なでなでされるのは好きだけど…

やっぱりレニカの方が僕よりお姉さんみたいだな…はぁぁ…


「ふふっ。グレルトらしくていいよ。

・・・それに男の子って、ある時急に成長するからびっくりするのよね。」

「…そ、そう?」

「うん。グレルトもそう。」

「そっか…じゃあ良いかな♪」

「うん…でもずるいわよ。私ばっかり…」

「…?」



そっと手をつないだら、


(私ばっかりドキドキしちゃうんだよ。)

というレニカの声が聞こえた気がした。


だから僕も手をぎゅっとにぎり返して、


(大丈夫。僕も同じ。)

と伝えてみた。


その気持ちが通じたのか、レニカが僕に微笑む。

僕も彼女に微笑む。




次の結婚式にはちゃんと遅れずに来てね、レニカ。

君がもう迷わないように、僕が手を引いてあげるから


この先の人生は、ずっとこうして手を繋いで一緒に行こうね。